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ぱたん、と音をたてて匣が閉じる。それと同時に綱吉の口からは小さな溜息が零れた。
最近やっと匣の中にいる動物との距離が掴めてきたと思うが、まだ戸惑う事は多い。そしてその戸惑いはダイレクトに匣兵器へ反映されるため、油断すると大怪我を負ってしまいそうになる。そんな修行を繰り返していれば、当然心も身体も何かが磨り減っていく。今着ている青色のパーカートレーナーやジーンズだって、京子達が繕ったり洗濯をしてくれなければ、もっとボロボロになっていただろう。
それでも綱吉は唇を引き締め、閉じた匣を強く握り締めた。ここでへこたれている場合ではない。皆、精一杯の修行をしているのだ。目の前に迫っている「期限」までに自分の力を限界まで引き出そうと、誰もが歯を食いしばっている。綱吉がここで弱音を吐いていい訳がない。
「もっと、強くならなくちゃ」
自分に言い聞かせるように呟き、一際強く匣を握り締めると、中で動物が小さく動いたような気配を感じる。まるで励ましてくれているかのようだ。
思わず綱吉は笑みを浮かべ「うん、頑張ろうな」と話しかける。コトコトと匣の中で何かが動き、同意してもらった気分になり、綱吉は笑みを深めた。
張り詰めた気分が緩むと、どっと疲れが押し寄せてくる。ちらりと壁にある時計を見れば、夕飯の時間には少し早い時間だ。しかし部屋に戻り布団に入って休むほどの時間もないし、多分それをしてしまうと、朝まで起きれないだろう。しかし疲れはどうしようもなく溜まっていて、食堂に移動するのも億劫なほどだ。
硬い床の上にごろりと横になってみると、思っていたほどの寝心地の悪さはない。しかし決して良いとも言えないから、寝すぎてしまう心配もない。ご飯を食べ、風呂に入るまでの体力を回復する休息場所としては、申し分がなかった。
「ここでちょっと休んでいこうか、ナッツ」
手の中で握り締めていた匣を自分の目の前辺りにコトリと置いて「また明日頑張ろうな」と声をかけてから、綱吉はあくびを一つ零して瞳を閉じる。
眠気がすぐにやってきて、意識は飲み込まれた。
小鳥の囀る声に誘われるように浮上する意識に合わせ、綱吉は目を開く。
意識を失うほどの眩しい光だったのか、それともあの光自体に何かの作用があったのか、その辺りはわからないものの、どうも意識を失っていたようだ。
ぱちぱちと目を瞬かせてぼやける焦点を合わせると、視界に飛び込んできたのは天井板だった。木製のそれは、綱吉の住み慣れた家のリビングで寝転がれば見れる。しかしよくよく見てみると、今目の前に広がっている天井板は自分の家のものじゃない。大体、自分が眠っていたのは修行部屋で、周辺の壁は剥き出しのコンクリートだったはずだ。どっちにしろ、今自分がいる場所は全く知らない場所という事になる。
綱吉は慌てて飛び起き、辺りを見回した。
まず自分の周辺を確認すると、ここは純和風の和室のようで、真新しい畳から香るイグサのいい香りがする。そういえばナッツはどこに行ったのだろうか。
「気がついたのか」
不意に声をかけられ、綱吉は驚きに身体を跳ねさせながら声のした方へと顔を向ける。
瞬間、眩しさに目を細めた。
けれどあの暗闇の空間で見た眩しすぎるようなものではない。単純に薄暗い場所にいた綱吉の目が、外から差し込んでくる穏やかな陽射しのまばゆさについていかなかっただけだ。
細めた瞳を何度か瞬かせ、やっと綱吉の視界が正常な状態になる。
綱吉が寝ていた純和風の和室は縁側を経て庭に面しているようで、作り的には沢田家の縁側の風景と良く似ている。ただ、こちらの庭の方が広いし、色とりどりの花はない。その代わり、落ち着いた佇まいの家だと思わせるような、ひっそりとしながらも見ている人の心を穏やかにさせる庭だと思った。
そんな庭を見ていたら、縁側に腰をかけている人がゆったりとした動作で振り返り、綱吉に顔を見せる。
「あなたは……!」
思わず綱吉は声をあげかけるが、ぐっと飲み込む。
その人の顔を綱吉は見た事がある。
ボンゴレの証を継承した時、誰よりも鮮やかな炎を灯していたボンゴレの創始者。
あの血塗られた業の道程を作った最初の人。
ボンゴレ歴代最強と謳われた人。
ボンゴレ一世であるジョットその人が、綱吉に穏やかに微笑みかけてきた。
「庭に倒れていたのを見つけて、とりあえず部屋にあげた。見た所怪我をしているようにも見えなかったが、どこか気分が悪いとか、痛い所はないか?」
「い、いえ……大丈夫、です」
「そうか」
また小さく微笑み、ジョットは小さく手招く。こちらへ来い、という事なのだろう。
どうすべきか、どうしたらいいのかを咄嗟に判断できず、綱吉は困惑を隠す事なく顔に浮かべる。するとその人も困ったように笑って「別に何もしない」と言って、尚も手招いた。
「菓子と茶がある。身体を動かせるようなら、こちらに来なさい」
言われてみれば、確かに彼の近くにはお盆があり、その上には急須やら湯のみやら小鉢やらが載っている。
危害を加えるつもりがないようだし、正直夕飯前でお腹も空いている。綱吉は相手の言葉に甘え、恐る恐る縁側へと這うようにして移動し、急須達が載ったお盆を挟む形で、その人の隣に腰をおろした。
「今、茶を淹れてやろう」
そう言ってその人はどことなくぎこちない手つきで、湯のみに黄緑色の液体を注ぐ。多分、こんな事をした事がないのだろう。そもそも彼はイタリア人だから、日本茶を淹れる経験自体ないはずだ。
隣というには僅かばかり離れた所に座る人を窺う。
そう、彼はイタリア人のはずだ。
黒に近い鼠色の着物に藍色の羽織という、格好だけで判断するならば立派に日本人と同じ服装だが、彼の金色の髪は、柔らかな陽射しを受けてより一層輝いて見える。肌の色も色白の日本人とは違う白さで、イタリアという国から来た事がわからなくても、外国人である事はすぐに分かるレベルだ。
ジョットがものすごく日本贔屓で、イタリアの土地にわざわざ日本家屋を建てたのかと一瞬思ったが、垣根越しに聞こえる言葉は間違いなく日本語だ。そして、ちらちらと見える行き交う人の格好は和服が多い。
一体、自分はどこの、何と言う時代にいるのだろうか。
表紙は藤丸さんから頂きました。ご自身の原稿等々もある中、本当にありがとうございました…!
綱吉はこの後2つの時代に飛び、その時代にいるジョットと出会っていきます。
ほぼシリアスです。
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